故人への手紙お知らせキャンペーン

大切なあの人へ届けたいお手紙 気持ちの整理は法要で少しずつ

今日のブログでは、企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」の参加者の方から頂いた、
お父様へのお手紙を紹介したいと思います。

そちらで楽しく過ごしてますか?
お父さん、あっという間に旅立ちましたね。

2年経ちますがまだ実感わいてないのが正直な気持ちです。
何か困ったことがあれば電話片手に持ちボタンを押そうとするとハッと気づきます。そうだ、もうアドバイス聞くことが出来ないんだと…

何でお父さんなんだろうね?あの日あの時間にあの場所に立っていなければ今も私達家族や兄家族に、囲まれて今も笑顔で横にいてくれただろうに。
悔やんでも、悔やんでも悔みきれない位の気持ちしか沸き起こらないよ。

お母さんは、今も仏壇に手を合わせ毎日泣いてます。
お父さんが突然旅立ってからお母さんもこのまま旅立つんじゃないかって心配するくらい憔悴仕切ってたよ。

でも安心してね、孫の世話と仕事があるから前よりかは少しは元気になったよ。

お父さん、一つお願いがあるんだ。
そっちで1人寂しいだろうけどまだお母さんをお迎えに来ないでね。

お母さんまで連れて行かれたら私達子どもと孫が寂しがるから、しばらくお待ち下さい。

いずれは皆そっちに行くからまたワイワイガヤガヤと親戚やらお友達呼んで楽しく過ごそうね。
それまでは1人酒飲んでいて待っててください。
でも飲み過ぎ注意だよ。タバコもほどほどにね。うるさい妻、娘がいないからのびのび過ごしているかもね、お父さんのことだから。

お父さんにまた会える日を楽しみにしています。またね、バイバイ

お墓参り

亡くなったお父様と、お父様との別れを悲しむお母様への思いやりのこもったお手紙ですね。

葬儀や法要などの宗教的儀式は、亡くなった方のためだけではなく、残されたご遺族の方々の気持ちの整理のためにも、是非行っていただきたいと思います。もちろん、故人様との思い出が多ければ多いほど、整理には時間がかかります。そのための法要です。

葬儀後、一番最初に行う法要は四十九日法要です。その名の通り、亡くなってから四十九日後に行う法要ですが、亡くなった日を含めて計算するので、正確には亡くなった日から四十八日後が四十九日となります。

なぜ四十九日なのかというと、亡くなった方は七日に一度、閻魔庁(えんまちょう)で審判を受け、生まれ変わる場所を決めることになっているからです。
閻魔庁と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、嘘を吐くと舌を抜くと言われる閻魔大王ではありませんか?閻魔大王は閻魔庁にいる七人の王様の一人です。
七日に一度、七人の王様に審判を受けるので、生まれ変わる場所が決まるまで四十九日かかるのです。

四十九日の法要には親族で集まり、読経の後、食事をしながら亡くなった方の思い出話をしてください。
この後、一年後に一周忌、二年後に三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌と法要を続け、三十三回忌で弔い上げとなります。
四十九日法要のときは静かだった食事の席が、法要の度に賑やかになっていきます。
少しずつ心の整理がついて、亡くなった方のことを口にできるようになり、悲しい思い出が、良い思い出になっていきます。
その過程を実感するためにも、年忌には是非皆さんで集まって、法要を行っていただきたいと思います。

金沢市兼六園近くでの家族葬 心泉のお葬式こちら
・跡継ぎのいない方に 心泉の永代供養こちら

大切なあの人へ届けたいお手紙 極楽浄土でウイスキーを

企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」より届いたお手紙をご紹介します。
今日のブログでは、お爺様へのお手紙を紹介したいと思います。

お爺ちゃんへ
本文: お爺ちゃん元気ですか?

私も30を過ぎたのでもうお爺ちゃんなんて言ってはいけない年齢なのかもしれないけれど、今日は私が子供の頃のようにお爺ちゃんって呼ばせてください。

お爺ちゃんが天国へ旅立ってもうすぐ15年になるね。

お爺ちゃんが危ないって状態になった時、私は高校の修学旅行で東京にいたんだよ。もしかしたらって話は聞いていて僕はお爺ちゃんのそばにいたいって言ったけど、父ちゃんや母ちゃんが修学旅行行けって言ったから東京に行ってたんだ。

あれは二日目の夜に携帯がなって母ちゃんから爺ちゃんが危篤状態になったって連絡があって帰るって言ったけど帰れなかった。みんな反対するからワガママ言えなかった。けどお爺ちゃんは僕が帰るまで頑張ってくれた。駅からすぐに病院言ってお爺ちゃん見たら涙が止まらなかったよ。覚えてる?最後に握った手が冷たくてまた泣いたよ。そしてお爺ちゃんは天国に行ったんだよね。

お医者さんからY君が帰るまで頑張ったんだよって言われてまた泣いたよ。お爺ちゃんが望んだ良い大学でて公務員になって幸せな家庭作れって所からはかけ離れた人生だけど毎日頑張ってるよ。

すぐにはいかないけどいつか天国へ僕が行った時お爺ちゃんがよく飲んでたウイスキー持ってくから楽しみにしていてね

差出人(Y 30代)

亡くなったお爺様との天国での再会を願う素敵なお手紙ですね。

仏教における天国は、極楽浄土です。

極楽浄土には須弥山(しゅみせん)と呼ばれる山があり、その山の頂きは有頂天(うちょうてん)と呼ばれます。どこかで聞いたような言葉ですね、私たちが普段使っている言葉の語源が仏教用語であるということは珍しくありません。仏教が古くからこの地に根付き、人々の生活に深く関係していたことがよくわかります。

須弥山の頂きにある有頂天には、仏教の神様や如来(にょらい)が暮らしています。如来というのは、悟りを開いた仏の尊称です。釈迦如来や阿弥陀如来など、ご本尊とされる仏は皆如来です。

ところで、一般に仏壇の中は階段のような構造になっていますね。階段の中の一番上の段は須弥壇(しゅみだん)といって、須弥山を模した段です。須弥壇にはそれぞれの宗派のご本尊を安置されていると思います。つまり、仏壇というのは極楽浄土を模したご本尊の住居なのです。だから、仏壇の中心に安置されているのはお位牌ではなくご本尊なのです。

浄土真宗ではお位牌を用いませんが、お位牌は須弥壇の一つ下の段に安置します。

これは、ご本尊の傍へ寄せていただく、ということです。

ご本尊である如来が住んでいるのは極楽浄土ですから、亡くなった方に往生して欲しいという願いが込められているのではないでしょうか。もちろん、お位牌がなくても、仏壇に手を合わせ、亡くなった方の往生を願うことで、極楽浄土への道は開かれます。

極楽浄土は蓮の花が咲き乱れ、黄金に輝く美しい世界であるとされています。いつか極楽浄土でお爺様と再会し、蓮の上でウイスキーを飲む日が来たら、須弥山を眺めながら、思い出話に花を咲かせてください。

金沢市兼六園近くでの家族葬 心泉のお葬式こちら
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大切なあの人へ届けたいお手紙 お父さん、本当の気持ちを聞かせてください

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」より届いたお手紙をご紹介します。
今日のブログでは、憧れだったおばあちゃんへの思いを綴ったお手紙です。
お父さんにどうしても聞いておきたいことがあって、今この手紙を書いています。

お父さんが倒れて食事が摂れなくなった後、
お父さんの意向を聞くことができなかったために死を選ぶか胃ろうの手術を受けるか母と弟と散々悩んだ挙句、
結局胃ろうの手術をすることを選んだのですが、お父さんの気持ちとしてはあの選択は正しい選択だったのでしょうか?

あのときにお父さんの本当の考えを聞けたらと何度も思うのですがそうも行かず、
3人共がそのときすぐにはお別れする決心がつかず、延命を希望したのです。

生きていてくれさえすれば心の拠り所になるからとか、今更ながら親孝行できるのではないかという甘い考えの下、
決めてしまったのです。

胃ろうの手術の後、何度も胃ろうのパイプを抜きながらも3年間生き続けてくれて、
私たちの心の拠り所になって温かく見守ってくれましたね。

胃ろうのパイプを抜いてしまうたびに、お父さんは本当は延命措置が嫌だったのかなと何度も思い、
今でも自問自答しています。

お父さんにとって、胃ろうの手術をしたことはよかったのでしょうか?どうか、教えてください。
最後になりましたが、私たち家族のために一生懸命働いてくれて、ベッドの上で生き続けてくれて本当にありがとう。

お父さんの家族思いで優しい気持ち、誠実さは一生忘れません。本当に、本当にありがとう。

by M・40代

介護や闘病を共に支えあう家族がたくさんいます。
家族で話し合い決めたことでも、本当に良かったのか?と迷う事も。それでも、一緒に過ごした時間、生きてくれた時間
家族との時間を大切に過ごし、旅だったのちも、つながりを感じ感謝しあう気持ち、そういった場所が大切なのでは、と思います。

お盆に届けるお手紙 結婚式をみせられなくてごめんね、おばちゃん

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
今日のブログでは、憧れだったおばあちゃんへの思いを綴ったお手紙を紹介します。

おばちゃん(母の姉)おばあちゃんがお空にいってから、あとすこしで1年です。

ごめんね、もう少し早く結婚式をすればよかった。
おばちゃんは知らないだろうけど、私の旦那さんが、
『おばさんが入院して、地元からがでてこれないだろうから、そっちでおばさんに花嫁衣装をみせてあげたほうがいいんじゃない?』って、
最後までいってたんだよ。

本当にいい人に私は出会えたよ。

あばちゃんがいないっていうのが、一番不思議な感じがするんだ。
おばあちゃんが亡くなったときもすごくかなしかったけど、おばちゃんがいないっていうのが、まだ信じられない。
今でも、朝、実家のドアがすこしでも音がすると、「あ、おばちゃん!まってね、今あけるよ」といってしまいそうなんだよね。

おばちゃんの家に入ると、なんだかまだどこかにいるような気がするんだよ。おかしいよね。
正直、おばちゃんとはすごくすごく仲がよかったわけでもないけど、それでも忘れられない人だよ、だから、安心していいからね。

ずっと忘れないし、また会えるよね。

あと、最後にずっと言わなかったことを伝えておくね。
小学校の頃、お母さんが仕事で帰ってこないから、いつもおばあちゃんとおばちゃんの家にいって一緒に過ごしたよね。
あの時の私には、おばちゃんがあこがれの人だったんだよ。

おばちゃんは刺繍がとても上手だったこと。
若いころに、好きな人と一緒にフォークダンスを踊った写真をみせてくれたこと。
かっこいい大人の字を書くこと。
一緒にTVをみたこと。
すごくすごく、反町が好きだったこと。

この世では結婚しなかったこと。
一人でさみしかったよね。
だから、いつもかわいいぬいぐるみと一緒にねてたよね。

さみしい思いをさせてごめん。
ごめんね。

今度会ったときは、絶対にもっともっと、おばちゃんにやさしくするから、お願いだから今はお空で幸せでいてね。

またね。

by M 30代

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」 では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
この時期を通じて、故人への感謝の気持ちをぜひ言葉にしてみてくださいね。

 

お盆に届けるお手紙 お母さんを亡くして初めて、私は人は死ぬのだということを実感しました。

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お墓参りには、既に足を運ばれたでしょうか。
お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
今日のブログでは、亡くなったお母様へのお手紙をご紹介します。
寂しく、辛い時間を乗り越え元気になる為のヒントも綴られた素敵なお手紙です。

resize-img「お母さん、ずいぶんご無沙汰していますね。」

楽しく暮らしているのでしょうか?そうであってほしいと願っています。
60歳を過ぎて、まだまだ元気でいてほしかったのですが、
お母さんは旅立ってしまいました。

お母さんを亡くして初めて、
私は人は死ぬのだということを実感しました。

それまでは、誰が亡くなっても人は死ぬのだということを観念で理解していたような気がします。
寂しくて、哀しくて、辛い時間が続いたのですが、
お母さんは私の中で生きているのだと思ったときから元気でいようと思うようになりました。

元気で笑顔でいたら、お母さんも元気で楽しくしていられるのだと。
美味しいものを食べれば、お母さんも美味しいと喜んでくれているのだと。
そして、人が亡くなることに順番はないのだとわかりました。

だから、今を大事に精一杯生きることがお母さんへの感謝になるのだと思います。

去年、我が家のわんこが長寿を全うしてそちらへ旅立ちました。
ちゃんと挨拶に行ったでしょうか?
とってもかわいい、賢いわんこでした。
お母さんが昔飼っていたのと同じ犬種のヨークシャーテリアです。

そちらでは、みんな若返って暮らすのだと聞いています。
お母さんも若く美しい姿に戻っているのでしょうね。
いつか私もそちらに行きます。
またお会いして、たくさんたくさんおしゃべりできるのを楽しみにしています。
それまでどうかお元気で。

by K・60代

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」 では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
この時期を通じて、故人への感謝の気持ちをぜひ言葉にしてみてくださいね。

#ご案内
永代供養墓 心泉・野田山大乗寺山(法句寺)霊園では
お盆のお参りをお受けしております。076-222-5700までお気軽にご連絡下さい。

 

お盆に届けるお手紙 見守ってくれたおじいちゃんへ

おじいちゃん

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
今日のブログでは、辛いとき見守ってくれたおじいちゃんへの思いを綴ったお手紙を紹介します。

「おじいちゃんへ」おじいちゃん

おじいちゃん、私が入院中に来てくれてありがとう。
遠い地に嫁いですぐに難病を発症して入院してしまった私。
でもおじいちゃんのおかげで乗り越えることができました。

おじいちゃんが亡くなってから早10年以上になりますね。
ここ数年、お墓参りにも行かずにごめんなさい。
おじいちゃんはいつも無口で、会話することもほとんどなかったですね。
何を考えているのか分からないこともありました。
でもいつも私たち孫のことをとても可愛がってくれていましたね。
手先が器用で、楽しい道具やおもちゃを沢山作ってくれました。
絵も上手でたくさんの絵画が飾ってありました。
動物好きで、私が飼っていたインコの鳥かごも、大きなのを作ってくれて可愛がってくれました。

私のことをとても心配してくれていたんですね。
私が入院中、苦しくて苦しくてしかたのないときに、気晴らしに庭に散歩に行ったときのことを覚えています。
妹が、「おじいちゃんが見守ってくれているから、大丈夫だよ」と言ってくれたその日。
突然木々がざわついて、風が強く吹きました。
鳥肌が立って、私ははっきり実感しました。
おじいちゃんが来てくれた!と。
「おじいちゃん!」私の目は涙であふれました。
空を見上げました。
池の水鳥が一羽、飛んでいきました。

あのときのことは忘れません。
おじいちゃんがいつも見守ってくれている、そう思うと、この苦しみも乗り越えようと思えたのでした。

あれからちょうど二年が経とうとしています。
今は病状も落ち着いて、仕事もできるまで回復しました。
おじいちゃんが天国から助けてに来てくれたこと
とても感謝しています。

by いんこ 30代

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」 では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
この時期を通じて、故人への感謝の気持ちをぜひ言葉にしてみてくださいね。

お盆に届けるお手紙 おばあちゃんからお孫さんへ受け継がれる願い

おばあちゃんの手

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
今日のブログでは、参加者の方から頂いた、おばあちゃんへお手紙を紹介したいと思います。

亡くなったおばあちゃんが大事にしている思いが、お母さんを通じてお孫さんへ受け継がれていく様な
素敵なお手紙です。
直接伝えられなかった感謝の気持ちが、このお盆の時期に届くことを願っています。

おばあちゃんの手

「いつも見守ってくれているおばあちゃんへ」

おばあちゃんは私が小さい頃、素直ないい子になりなさい、とよく言っていましたね。
一緒にこたつでお茶を飲みながら、特に何を話すわけでもなかったけれど、私は安心してずっとおばあちゃんのそばで遊んでいました。

私が反抗期に入ってからは、おばあちゃんとはあまり話さなくなり、時には言い争いになることもあったね。
そんな微妙な関係のまま、私は実家を離れ一人暮らしをして、しばらくした頃、
おばあちゃんは天国に行っちゃったんだよね。

なんでもっと優しくしなかったんだろう、もっと話したいこともいっぱいあったのに
なんで冷たくしてしまったんだろうと、すごく後悔しています。

ずっと素直ないい子になりなさいって言ってくれていたのに、
私は本当は大好きだったおばあちゃんに、素直に気持ちを伝えることができなかった。

おばあちゃん、あの時はごめんね。そしてずっと見守ってくれてありがとう。
おばあちゃんが伝えてくれたこと、今は娘にも言い聞かせています。

娘は今年の4月に小学生になったんだよ。
今度帰るときは、おばあちゃんが好きだった最中と一緒に、ランドセル姿の娘の写真も持っていきます。

楽しみにしていてね。 S・20代より

お盆企画「大切なあの人へ手紙を届けましょう」 では、皆さんからのお手紙をお待ちしております。
この時期を通じて、故人への感謝の気持ちをぜひ言葉にしてみてくださいね。

#ご案内
永代供養墓 心泉・野田山大乗寺山(法句寺)霊園では
7月13日から15日にかけてお盆のお参りをお受けしております。