仏教の教えから見た「終活」

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「終活」という言葉を、最近よく耳にします。終活とは「人生の終わりに向けての活動を意味し、自分の死に際して準備をすることです。

近年、書店でも売られている「エンディングノート」などもその例の一つで、これはもしもの時のために、家族や友人など大切な人たちに必要なことを書いておくノートのことです。遺される人たちへのメッセージや、自分のお葬式はこうして欲しいという希望など、また遺品の整理についてのことが書かれます。エンディングノートは、遺言書と違って法的な効力はありません。書くことによって人生を振り返り、終わりのあり方を決めるという「人生の整理」ともいえるものです。

終活・生前整理…人生を「整理する」人たち

類似したものでは、「生前整理」というおこないもあります。

これは死ぬ前に持参や身の回りのものを整理しておくことで、故人が残したものを片付ける「遺品整理」とはまた別のものです。

終活と生前整理の共通点は、どちらも「家族に迷惑をかけないようにしたい」という気持ちの元におこなわれているということです。決してネガティブな行為ではなく、自分にとって大切なことは何か、残された人生で何をすべきかということを改めて気付かせてくれる意義のあるものなのです。

日本では、お葬式といえば、古くから寺や僧侶と関わりの深いものです。では、実際にお寺側や僧侶の人たちは「終活」をどのように思っているのでしょうか。

仏教の教えと終活

仏教の教えの原点には「諸行無常」という考えがあります。この世に存在しているものは全て、姿形もその本質も常に変化する、というものです。釈迦が入滅する際、沙羅双樹の舌で説いた言葉と言われており、「変わらないものはない」「死というものを前向きにとらえ、悔いのないように人生を生きなさい」ということを教えています。

「死」を身近に感じることで、生きている周りの人たちを大切にする…それは終活にも仏教の教えにも共通していることです。

古くからあるものが時代に合わせた形で変化していく現代。信仰や供養が希薄になったとはいえ、仏教の教えである「諸行無常」を最も体現しているのが、皮肉にも仏教の教えから離れつつある現代社会といえるのかもしれません。

近年、終活ブームに後押しされて、本来葬儀やお墓と関わりの深いお寺が、終活をサポートする動きが出てきました。終活についての相談を受けたりエンディングノートの書き方について教えるなど、寺や僧侶自身も積極的に終活を勧めているという印象です。

法事や法要に関して、「お坊さん便」という新しいサービスも生まれました。

核家族化が進み、お寺との関係も少なくなってきた現代では、お布施の相場や法事の依頼の仕方がわからないといった声も多く出てきています。そこで、定額のお布施で僧侶を手配するサービスとして「お坊さん便」が始まったのです。まさに、時代を反映した画期的なサービスです。

一方で儀式の簡素化によって、宗教的な意味合いが希薄になっていると危惧する声もあります。仏教という宗教においての「供養」というものがないがしろになっているという意見が少なくありません。

そのような時代だからこそ、お寺が行う「終活」を通じ、「死」というものと向き合う上で、本来の「供養」を学ぶきっかけとしても良いかもしれません。心泉の丘の終活では、相続診断士の資格を取得した僧侶がエンディングノートの作成を通じ、「終活」の相談に乗っています。興味のある方は一度ご連絡ください。

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